2012年10月5日金曜日

イトーヨーカ堂とイオン


イオンは、とっくに従来型総合スーパーの運営に見切りをつけたからだ。両社はショッピングセンター事業を中核に据え、総合スーパーの中に「敵」だった専門店を導入。その集客力を取り込んだ事業モデルに転換した。
 ヨーカ堂は自前の売り場再生にこだわった。



成功の記憶、ヨーカ堂改革の足かせに(真相深層) 
セブン&アイ、好調コンビニにもあぐら

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2012/10/3 3:30
 セブン&アイ・ホールディングス傘下のイトーヨーカ堂が今後3年で正社員数の半減に踏み切る。パート比率を9割まで高め、収益力の傷んだ総合スーパーの運営を抜本的に立て直す。1990年代、小売業の先頭を走っていた優等生はいつの間にか他社の後じんを拝していた。売上高5兆円を超える巨大小売りグループがはまった落とし穴は何だったのか。
 ヨーカ堂は2015年度までに現在の正社員8600人を半分に減らし、グループのセブン―イレブン・ジャパンなどへ転籍を促す。既に募集を開始、現在までに約200人が応じたという。
■衣料品低迷続く
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 「今回は一大改革。スーパーのあり方を全部変える」と鈴木敏文セブン&アイ会長(ヨーカ堂会長)は強調する。ヨーカ堂は衣食住を扱う総合スーパー173店(12年2月期末)を展開するが、12年2月期の営業利益率は0.8%。ライバル、イオンの総合スーパー運営会社イオンリテールは2%、広島地盤のイズミは4%で、競争力で劣るのは明白だ。
 しかしヨーカ堂はもともと業界屈指の高収益で知られていた。逆転はなぜ起きたのか。
 93年2月期、ヨーカ堂はピークに当たる営業利益839億円をたたき出した。快走を支えたのが、「業革」と呼ばれる取り組みだ。業革は品ぞろえや在庫管理手法などを部長級以上の幹部社員が定期的に徹底討議、各店にフィードバックする。指揮を執ったのは当時副社長の鈴木氏だ。
 それから20年。鈴木氏はなお業革の先頭に立つが、業績は浮上しない。主因はかつて利益の半分を稼いだ衣料品が2000年代半ば以降、赤字に陥ったことだ。総合スーパーの独壇場だった低価格衣料は「ユニクロ」など専門店に完全に奪われた。スーパーの衣料品売上高は11年度に1兆3780億円と20年前の約3分の1。「スーパーは専門店に価格や品質で劣るというイメージが消費者に染みついている」(アパレル幹部)。品ぞろえなどをいじるだけでは改善できない差がある。

それでもイオンやイズミが利益率を維持できるのは、とっくに従来型総合スーパーの運営に見切りをつけたからだ。両社はショッピングセンター事業を中核に据え、総合スーパーの中に「敵」だった専門店を導入。その集客力を取り込んだ事業モデルに転換した。イズミの売上高に占めるテナント売上比率は前期で35%。一方、ヨーカ堂は18.6%(一部賃料を除く)と半分程度だ。
 ヨーカ堂は自前の売り場再生にこだわった。この10年は伊勢丹出身の「カリスマバイヤー」を招くなどして衣料品の自社開発を進めたが不発。09年には30店の閉鎖を打ち出したが復興特需もあり、実際の閉鎖店は20店に達していない。現在、ヨーカ堂の平均店舗年齢は20歳とイオンより5歳高い。業革を含む「成功体験の強さから構造改革が遅れた」(大和証券の企業調査部チーフアナリストの津田和徳氏)。
■79歳会長の挑戦
 もう一つの違いは、グループでセブンイレブンという高収益企業を抱えること。イオンやイズミは総合スーパーが主力で、その改革から目を背けるのは不可能だ。セブンイレブンの12年2月期の営業利益は約1800億円で、ヨーカ堂の不振は覆い隠される。
 鈴木氏は自らが創業したセブンイレブンやセブン銀行について能弁だが、ヨーカ堂改革を語ることは少ない。「相対的なヨーカ堂に対する執着心の薄さが改革を遅らせた」(セブン&アイ関係者)。リストラに二の足を踏むのは、ヨーカ堂創業者である伊藤雅俊名誉会長への“気兼ね”もありそうだ。信用を何より重視する伊藤氏は店舗閉鎖や人員削減に批判的。鈴木氏も「雇用や地域を考慮すると資本の論理ではつぶせない」と話す。
 再来月には80歳を迎える鈴木氏。ようやく業界では例を見ない改革に踏み出す。「(企業)体質は頓服を飲んで治るような簡単なことではない」。新しいスーパーの経営モデルづくりへ向け、もはや聖域はない。(編集委員 中村直文)

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