2013年7月31日水曜日

特集:機関投資家の正体

特集:機関投資家の正体 2013年7月30日号

 ◇日本株急落「5.23ショック」の“主犯”はヘッジファンドだった

濱條元保
(編集部)

 日経平均株価は5月23日から6月14日にかけて2000円以上下落した。その最大の理由は、米連邦準備制度理事会(FRB)のバーナンキ議長が米議会証言で、量的緩和第3弾(QE3)の早期縮小を示唆する発言と一般には理解されている。
「だが、私の考えは異なる」と、ヘッジファンドに詳しいパルナッソス・インベスメント・ストラテジーズの宮島秀直チーフストラテジストは言う。株価急落の本当の原因は、ヘッジファンドの大規模な売りだったというのだ。 
 
 ◇第2のLTCMか

 どういうことか。日本株の売りが始まった最大の要因は、有力ヘッジファンドの「破綻情報」だった。「英国に拠点を置く有力ヘッジファンドが中国のシャドーバンキング(影の銀行)に絡む投資で巨額の損失を出したという観測情報が、ヘッジファンドやその投資家たちの間に駆け巡った」という。
 破綻の観測情報が流れたヘッジファンドは、業界でもトップクラスの収益力を誇ることで知られた存在だった。ところが、運用額の3分の1近くを失ったといった情報まで流れ、1998年10月に起きた大手ヘッジファンド「ロングターム・キャピタル・マネジメント(LTCM)」の破綻劇を脳裏に浮かべた関係者も少なくなかったという。
 ノーベル経済学賞受賞の2人の学者、ショールズ氏とマートン氏を擁したLTCMは、高度な金融技術を駆使して急成長したが、98年8月のロシア経済危機を契機とする金融混乱に巻き込まれて、あえなく破綻。この破綻劇で、ドル・円相場が2日間で15円近く円高になるなど、日米欧の経済が大混乱に陥った。
「第2のLTCMが出る」──との危機感が業界に伝わると、運用を委託していた顧客からヘッジファンドに解約が殺到。換金を迫られたヘッジファンドは雪崩を打つように、利益が出ていた日本株を売り始めた。宮島氏は「バーナンキ発言は、株価急落の表向きの理由に過ぎない」と言い切る。
 ヘッジファンド調査会社のユーリカヘッジによれば、1月から4月までヘッジファンドには、累計で185億ドルの資金が流入したのに対して、5月だけで200億ドルが解約されている。
 1月以降の日本株投資で平均15%以上の利益を蓄積していたヘッジファンドは、6月決算に向けた利益確定売りの時期を探っていた。市場は、バーナンキ議長の発言に振り回されたと受け止めたが、真相はヘッジファンドの動向だったというのが知る人ぞ知る業界の“常識”だという。

 ◇7兆円が別のファンドへ

 昨年末から今年にかけて、日本株の急上昇を演出したのは外国人投資家だ。財務省が公表している「対外及び対内証券売買契約等の状況」をみれば、衆議院解散が決まった昨年11月中旬から6月までに、外国人投資家が日本株をほぼ一貫して買い越していることがわかる。その累積額は11兆円に達した。その主役がヘッジファンドだ。
 一口にヘッジファンドと言っても、投資手法などによってその種類はさまざまである。特に今回の日本株投資では、いくつかの種類のヘッジファンドが、時期をずらしてうまくバトンタッチしながら日本株を買い上がった。
 欧米アジアのヘッジファンドや年金基金など150社以上を最近ヒアリングした宮島氏によると、いち早く動いたのが、グローバルな経済動向の予測に基づいて投資戦略を練る「グローバル・マクロ」と呼ばれるヘッジファンドと、先物市場にのみ投資する「CTA(商品投資顧問)」というタイプだった。彼らは昨年11月の第2週、つまり野田佳彦前首相が事実上の解散宣言をした直後から、日本株の先物を買って、円を売るという投資を始めた。
 年明け以降は、株や債券、国際商品などに幅広く投資する「マルチ・ストラテジー型(複数の戦略の組み合わせ)」や、「マルチアセット型投信(通常の投信と同様に買い中心で、空売りは最小限にとどめる)」が、日本株を買い進んだ。
 しかし、その後は、大きく変化する。4月までに日本株のみで運用するヘッジファンドには62億ドルの解約があった(「売り」の買い戻しも含まれるので、実際の売却金額はその半分)。その一方で、中国株に投資するヘッジファンドや商品先物に投資するCTAなどを解約した資金が509億ドルに達した。この解約された509億ドルに加えて、新規の投資マネー186億ドルを合わせた695億ドルが5月に入って、別のタイプのヘッジファンドに再投資された。
 複雑な投資マネーの流れを宮島氏は、次のように説明する。「2000年代初頭から始まった中国経済の急成長とそれに伴う国際商品価格の上昇が終焉しつつあるとヘッジファンドは判断。中国株や商品先物投資を打ち切り、現金化された投資マネーの受け皿は日本株だった」。
 つまり、昨年末から4月までの日本株上昇局面では、最初にグローバル・マクロやCTA、次にマルチ・ストラテジーへと違うタイプに代わり、さらに中国株や商品先物に向かっていた別のヘッジファンドが新たに日本に参入。7兆円近い投資マネーの多くが日本に流入し、5月初旬の急激な日本株の上昇を演出した。
 その後、有力ファンドの破綻懸念で大規模な日本株売りが起きたのは説明した通りだが、現在は落ち着きを取り戻し、さらなる投資機会をうかがっている。

 ◇日本株買い意欲は衰えず

 では、今後の展開はどうなるのか。あらゆるタイプのヘッジファンドに加えて、年金基金などの機関投資家が日本に高い関心を示している。世界を見渡しても、政治経済が安定していて成長余地があるのは日本、米国、ドイツなど一部の国に限定されるからだ。
 国際通貨基金は7月9日に公表した世界経済見通しで、13年の世界経済の成長率を4月時点の予想から0・2%引き下げ3・1%としたが、日本の成長率は1・5%引き上げ2・0%と米国(1・7%)を抜いて先進国で最高とした。米国のQE3の縮小が視野に入り、ヘッジファンドだけでなく、各機関投資家が新興国から投資マネーを引き揚げ、そのマネーをマクロ環境が安定している日本などに振り向け始めている。
 日本経済は、企業業績などミクロ面でも「1ドル=100円前後の為替水準なら輸出セクターを中心に企業業績は底堅い」(三菱UFJモルガン・スタンレー証券の芳賀沼千里チーフストラテジスト)。13年度第1四半期(4~6月)決算で企業業績の好調さが裏付けられれば、投資戦略で最もシェアが高い「株式ロング・ショート」型のヘッジファンドの出番となる。
 参院選を経て、安倍晋三政権が安定し、成長戦略や構造改革、さらにデフレ脱却が見通せる状況になれば、年金マネーなど中長期に投資する機関投資家の資金が本格的に日本株に入る可能性が高まる。
 こうした投資家ごとの行動や特徴を理解しておくことが、相場を見通すカギになるだろう。

 ◇ヘッジファンドを知る

 ヘッジファンドは1949年に米『フォーチュン誌』の記者だったジョーンズ氏が単純な株式投資だけではなく、証券会社から借りてきた株を売る「空売り」を組み合わせた投資が、その始まりとされるが、明確な定義はない。
 当初は空売りの活用によって、相場下落に対するリスクのヘッジ(回避)ができるとの考えから、ヘッジファンドと呼ばれたようだが、時代の経過とともにさまざまなタイプが登場している。
 ただ、いくつかの特徴を挙げることはできる。(1)特定・少数の投資家による私募形式の出資のために、運用の自由度が高い。(2)売りと買いを組み合わせることで、「絶対リターン」を追求する。(3)ファンドマネジャーの報酬は利益次第。つまり、利益を上げれば報酬も多くなる(一般的に利益の20%程度ともいわれる)。
 ヘッジファンド調査会社、ユーリカヘッジのまとめによると、2013年4月時点でヘッジファンドはリーマン・ショック前の07年を超える1万365本、運用額は1.9兆ドル(190兆円)に迫る規模だ。
 ITの高度化やファンド数の増加とともに、投資戦略は細分化される傾向にある。最初にヘッジファンドを立ち上げたジョーンズの影響を受けたのが、ソロスやスタインハルト、ロバートソンの3人だ。1980~90年代にかけてマクロ型のヘッジファンドを手がけて一世を風靡した。
 さらにこの3人から影響を受けたのが、その次の世代である。ソロスの元腹心で英イングランド銀行(中央銀行)相手にポンド売りを仕掛けて、打ち負かした男として知られるドラッケンミラーが有名だ。
 現在のヘッジファンドで主流なのは、「株式ロング・ショート」だ。値上がりが期待できる割安な銘柄のロング(買い)と値下がりが見込まれる割高な銘柄のショート(売り)を組み合わせて、リターンを追求する手法である。ユーリカヘッジによれば、13年5月末時点で、株式ロング・ショートがヘッジファンド全体の31.0%を占める。
 世界最大の株式ロング・ショート型ヘッジファンドはロンドンに本拠地を置くランズドン・ファンドだが、このほかGLGやアーカスなど、同タイプのヘッジファンドには多額の新規資金が流入しており、宮島氏の6月時点のヒアリングでは、3社とも「日本株に強気」だったという。これも現在の日本株の上昇を支える一因となっている。 

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